Coccoを想うCocco、ミュージックステーションでの引退宣言はタモリが何回も取り上げてるのでご存知の方も多いでしょう。 どうにも、カメラを意識する彼女の様子が、危なっかしい、と観ていた私でしたが。 彼女は、どうにも何処かに精神障害を持った女性の様に想えます。 歌詞なども、ご存知の方は知っておられると思いますが、「その様な」経験をしたとしか思えないような言葉が綴って有る物が有ります。 私は、友人に勧めてCDを焼いてあげたりしたのですが。 その友人は、以前は「ウーア」とか良く聴いていたらしいです。 それが、保護室に入れられて居たとき、「Cocco一色」に成っていたそうです。 あのフレーズが頭に響いて離れない状態。 その友人は軽い鬱を持った女性です。 果たして、私がCoccoを勧めたのは良かったのか、判断に難しい所ですが。 その女性曰く「本物は違う」って。 何か、Coccoの「真実、本当」を感じたのだと思います。 それまでの「作り物」とは違う、何かを感じたのでしょう。 さて、私は鬼塚ちひろも良く聴きます。 彼女も、何処かにカリスマ性を感じさせます。 「月光」とかも、何処か自分は特別なのだと詠ってます。 Coccoにもカリスマ性を感じますが。 違いは、「鬱」と「統合失調」と、極端に表現できます。 ヘビーな演奏の影にCoccoは、何処か隠れてるんですよね。 で、この前は、矢井田ひとみの特集を観てました。 最近、特に女性にカリスマ性を持った歌手が増えてる様に感じるのは私だけでしょうか。 私の最近の傾向として、男性歌手を聴かないというのが有るのですが。 昔は、女性歌手と言うと、中島みゆき、だけだった時期が有るのですが。 洋楽に傾いていたと言うのも有ったのかもしれません。 それも、シンディーローパー辺りから変わったと言うか。 昔も、カーペンターズとかも聞いてましたが。 そして、中森明菜にはまった時期も有りましたが。 以前は、女性歌手を聴く事が有っても、男性歌手も聴いてたのが。 最近はどうにも、男性歌手は面白くない。 井上陽水のような、カリスマ性を持った歌手とか最近は居ない様に感じます。 で、話しはカリスマ性と言う事に、来ました。 Coccoは、どうにも特別な何かを感じます。 一時期、引退してから絵を描いていて、絵本を買った人にだけ特別にCDを販売していた。 そして今度はグループ、Singer Songer を組んで再デビュー。 私のCoccoとの出会いは、FMで聴いた「樹海の糸」です。 凄い曲を歌う人が登場した、と。 それは、山の中で聴いたのでした。 少し、既に可笑しくなっていた頃、昔が懐かしくて、山にFM付きの携帯を持って登っていた時。 山から駆け降りながら、聞こえて来るそのメロディと歌詞に感動してました。 絶対に、売れると確信を持ってました。 病棟の中、女性陣の一人がCoccoのレイニングを歌い出すと、 それに連れて、何人かも歌い出す、と言う光景に出会った事が有ります。 「髪が無くて、今度は、腕を切った、切れるだけ切った」 と言う歌詞。 さて、Coccoの実体験だろうか。 普通の人には書けない歌詞。 なにか、Coccoの世界が、多くの人に知られる事で、精神病について、 何かが多くの人に伝わる気がする。 そして叉、Coccoの活動という物が、多くの精神障害者に対する エールと成るような気もする。 無理はしない様に、着実に活動して欲しいと思う私だった。 |